鼠が紡ぐ物語。

それはちっぽけな一匹の鼠が描く、小さな小さなお話。

天使が生まれた日。

「1月……8日…か」
家事の途中に、ふと目に入ったカレンダーを眺めながらオレはそう呟いた。
今日は、特別な日だ。
「………」
オレの脚は、考えるよりも先にファウラの居る場所へと向かっていた。
すると、予想通りだ。いつもいる場所にファウラはいた。
「…ファウラ」
オレがそう名前を呼ぶと、あいつは顔をあげて嬉しそうな顔をする。
「ヴリドラ!」
彼女はオレの姿を見ると、こちらに駆け寄ってきた。
小さい体でしがみついてくる。相変わらずの甘えん坊さんだ。
「んへ、今日はどうしたんでしか?」
「……今日…誕生日だよな。…だから会いに来た。」
オレはファウラの頭を軽く撫でながら言った。
「…誕生日、おめでとう。」
するとファウラは、照れくさそうに笑う。
「ありがとうでし、あまり実感無いでしね」
……なるほど。ファウラらしいな、とオレは思った。

今日はしばらく彼女のそばにいることにした。


思い返せば、あの日ファウラと出会ってから随分と経ったものだ。
名前のなかった彼女に名前をあげたあの日。あの日から、色々なことがあった。
ときにオレは、この子に何かしてやれているのか、と不安になることもあった。オレの存在のせいで、彼女に負担を与えているのではないか……と。
泣いているファウラを抱きしめるにしても、人を殺めてきたこの手で、本当に彼女を癒すことが出来ているのだろうか、と。
オレは、彼女の支えになれているのだろうか。

「…んー?ヴリドラーどうしたんでしか?」
ふと我に返ると、彼女は不思議そうにオレの顔を覗き込んでいた。
「ヴリドラ、ぼーっとしてたでし。考え事でしか?」
「……まあ、な…」
そう言うとファウラは思いきりオレを抱きしめる。
突然の出来事に驚いていると、ファウラが口を開く。
「ヴリドラきっと疲れてるんでし。ファウラがぎゅってして癒してあげるでしよ!!」
そう言って得意気に笑う。その笑顔を見ていると、不思議と気が楽になってくる。

…ああ、なんだ。
「…ふふ……」
「む?どーしたんでしか?」
「…いや、なんでもないよ。」
オレは、考え過ぎていたのかもしれないな。


「……ありがとう。」

いつもこうして悩むとき。
酷く悲しくて、押しつぶされそうなとき。


むしろ、救われていたのは




オレの方だったんだ。



今日は、天使が生まれた日。